触れないで愛情




「ティエリア」
 見つめ合ったまま真っ直ぐに。合図も無く手を伸ばせば、綺麗に整えられた柳眉を逆立てる。明らかな拒絶の空気を全身から醸し出しているのに、ティエリアはそれを口にしようとはしなかった。
 拒否するまでも無いというのか。
 アレルヤはそれでも、向かい合ったまま黙っている佳人に触れた。硝子にするように優しく。けれど硝子より、もっとずっと温かい。生きている証拠。
 人間の証。
「……抱き締めても、いいかい?」
 つつ、と輪郭をなぞるように指を滑らせれば。美しい唇を歪めてティエリアは言い放った。
「意味の無い質問に答える義理はない」
 一寸もぶれない視線の上で、アレルヤはぱちぱちと瞬きを繰り返す。やがて少し困ったような顔で、口端を緩く吊り上げた。
「そうだね」
 確かに意味の無い問いだった。
 アレルヤはティエリアの腕を優しく掴むと、そのまま空気が流れるように目の前の身体を抱き締めた。やんわりと、穏やかに。肩を少し強く抱き締めれば、ティエリアの身体が微かに強張ったのが伝わる。行き場のない力が、ティエリアの身体の中で居場所を求めて彷徨っているのだろう。
 こんな状態で、何処にも力を入れずに居るなんて無理だ。特にティエリアの性質では。
(……あたたかい)
 服の上からでも体温は伝わる。アレルヤはそっと瞳を閉じると、ティエリアの項に顔を埋めた。
 吐息がティエリアの肌に触れ、同時に自分の唇へ跳ね返る。そんな当たり前の距離が、嬉しい。
 今確かに人と触れている自分が、アレルヤには心地良かった。
「暑い」
 やがて少しティエリアが身を捩ったと同時に、二人の身体はいとも簡単に離れた。ティエリアが特別力を込めた訳じゃない。それでもアレルヤの腕からティエリアの身体が、ふわりと宙へ逃れてしまう。それをアレルヤも無理に引き留めようとはしなかった。
 ただ一つ、繋がったままの腕を除いて。
「……離せ」
 ティエリアの白い手首を掴んだままの掌。肌と肌が触れることを好まないティエリアはすぐに冷たく言い放って。アレルヤも数秒の後、すぐにその手を離した。無表情のまま、何処か虚ろな眼差しで。
 苛立ち。すぐに自分の中に湧いた感情を認識したティエリアは、眉を寄せて彼に背を向けようとした。これ以上ここに居る意味は無いと、身を翻したその時に。
「ティエリア」
 もう一度、先程より固い声が名を呼んで。ティエリアが背を向けるより先にその頬をアレルヤの指が捕らえていた。先程と同じように、優しく壊れものを扱うかのように触れて。今度は片手でゆっくりと包み込むように。
 いつの間にか二つの身体も再び近付いていた。瞳を覗き込めるような位置で、二人の視線は重なって。
「……ごめん」
 やがてゆっくりと、離れていった。掌もアレルヤも、ティエリアから。そんな彼を睨むように一瞥した後、ティエリアは今度こそアレルヤの前から姿を消した。何の躊躇いもなく、迷うことなく。
 残されたアレルヤは己の手を見下ろして静かに呟いていた。ごめん、と。
(君を利用してる。本当は、わかってるのに)
 強く握り締めた指先に口付けて、アレルヤは目を閉じた。世界から逃げるように。