実弾と空砲では、衝撃波がまるで違う。 一点に狙いを定め、淡々と同じ間隔で射撃を続けているティエリアの先にあるのは、モビルスーツでも生きた人間でもなく。ただの無機質な的だった。電子的に点滅する円形の中心を、一発もぶれることなく撃ち続ける。 真っ直ぐに伸びた右腕、睨み付ける訳でもない単色の瞳。 防音加工された暗い密室で、音は幾重にも壁に跳ね返りながら響いていた。 「……何の用だ」 前を見据えたまま、ティエリアが告げる。銃声は声と同時にぴたりと止まっていた。 「邪魔をしてしまったかな」 ティエリアが耳当てを外すと、音の余韻が部屋の隅に広がっていった。躊躇うことなく振り返れば、そこには見慣れた姿。 普段と同じ出で立ちで、アレルヤが立っていた。少し鋭い眼差しが、今は何処か優しげにティエリアを見詰める。 「相変わらず正確だね。中距離ならロックオンとも張れるんじゃない?」 「射撃で彼に敵う奴は居ない」 必要な答えだけを返すと、ティエリアは所定の位置に耳当てを戻した。そうだね、と言いながらアレルヤが近付いてくる。気配だけでそれを察しながらティエリアが顔を上げると、既にアレルヤは彼にあと一歩という距離まで迫っていた。 それに慌てることはない。不快に思うこともない。 「……それで」 冷静なティエリアの声に、アレルヤの瞳が数度瞬く。 恐らく本気で気付いていないであろう男に、呆れるしかなかった。 「用件は」 やっと合点がいったのか、アレルヤはああと微かに瞳を大きくさせて頷いた。普段は余りいいとは言えない目つきも、微笑を乗せれば柔らかくなる。 そんな変化をティエリアは間近で何度も目にしてきた。 「特別何かあった訳じゃないんだ。ただ姿が見えなかったから、探しに来ただけで」 一歩の距離を保ったまま、アレルヤは言葉を切った。当然二人の間に沈黙が降りる。 アレルヤとティエリアが二人で居ると、こんなことが多くあった。 見つめ合ったまま、お互い何も言わない。アレルヤが目を逸らさないから、ティエリアも逸らさない。そこに笑顔はなかった。 ただ何となくという言葉が似合いな、不自然な光景。 やがてアレルヤがそっと右腕を持ち上げると、ティエリアの耳元に手を伸ばした。まるで相手の出方を伺うようにゆっくりと。ティエリアがその手を振り払うことはなかった。 ふと、アレルヤの目尻が僅かに下がる。 「……癖が付いてる」 言いながら、ティエリアの髪に触れた。武骨な指で髪を撫でるその手付きは、異常なまでに優しい。触れるか触れないかぎりぎりの線を保つような仕草に、ティエリアは目を細めた。視界に映る男と、腕と、髪に触れるごく僅かな感触。 そのまま瞼を下ろした。視覚以外の五感でも、アレルヤがそこの居ることをはっきりと理解出来る。小さく息を呑んだのも、震えた空気の振動でわかった。 不快ではない。 ティエリアがよく知る嫌悪や不快感というものが、アレルヤとの間からはなくなろうとしている。それが肌でわかるから、否定も出来ない。 こうして二人で居ることが自然になり始めているのだ。それは単なる事実で。 けれどそう簡単に理解出来る事実ではなかった。 「……何か、久しぶりだね。こういうの」 かちゃりと軽い音が鳴る。 ティエリアが握っていた銃口は、アレルヤの額に真っ直ぐ突き付けられていた。アレルヤの伸ばした手と平行になるように、一直線に。 変わらずティエリアの顔色に変化は無い。アレルヤも何処か困ったような顔をしながら、その瞳から笑みを消していた。当然、何を考えているかなんて互いにわかる筈もなく。 再び沈黙が降りる。アレルヤの腕が下がった。 「理由を聞いても?」 眉間に触れる鉄の感触。アレルヤの口調はそれでも穏やかだった。逃げようともせず、ただありのままそこに在る。 ティエリアはただ真っ直ぐにそんな彼を見詰め、息を止めて。引き金に指をかけた。 「……ティエリア」 静かにアレルヤの呼び声が聞こえたとき、視線が重なったまま引き金は引かれた。 空っぽの音が、かちりと鳴り響く。 もちろん銃弾が発射されることはなかった。 リボルバーの中身は既に空だ。最初から発射される筈が無い。 「死んだふりとか、した方がいいのかな」 それでも目の前の男がそんなことを言うものだから、ティエリアはその美しい柳眉をひくりと跳ねさせて。手にしていた銃を下ろした。 漸くはっきり見えたアレルヤの顔には、控えめな笑みが浮かんでいる。 「……そんなくだならないことはしなくていい」 何処か呆れたようにティエリアが告げれば、ますます笑みは深くなり。やはり理解出来ないと思いながらティエリアは彼に背を向けた。部屋を出ようと足を進めれば、当然背後から気配はついてくる。 「今度は僕も一緒に訓練しようかな」 「気が散る」 「ロックオンと刹那も一緒に」 「……余計手中出来ない」 くすりと笑ったアレルヤに、ティエリアが一瞬感じた苛立ち。けれどそれもすぐに消えてしまった。小さな泡のように儚く。 そうだね、と数分前と同じように淡く微笑む男を見ていると、何もかもどうでもよくなってしまう。 けれど、と自らの手元を見下ろして。ティエリアは静かに銃を握り締めた。 (……まだ、大丈夫だ) まだ。あと、もう少しかもしれないけれど。確かめるように何度かそれを握った後は、所定の位置に戻してアレルヤと二人射撃場を後にした。 誰も居ない廊下を歩きながら、思い出したようにティエリアが口を開く。 「あの時」 アレルヤは隣を歩くティエリアの横顔を覗いた。 「……どうして名前を呼んだ」 はっきりとは告げなかった。いつとも誰のとも言わない曖昧な問いかけなのに、アレルヤは素早く頷いて。前に向き直ってから緩やかに答えた。 「最期に呼ぶのは君の名前がいいな、と思ったから」 妙に満たされたように話すから、ティエリアもそれ以上は何も尋ねなかった。 口元に淡い微笑を湛えたまま。 |