パ ラ レ ル ラ イ ン 「……君が好きなんだよ、ティエリア」 ごめんね、と予め断ってから告げられた愛の告白。謝罪の時から険しい表情をしていたティエリアの表情は、それを聞いたと同時によりきつく変化した。 「ふざけるな」 普段から手厳しい声が、より温度差をましてアレルヤの言葉を引き裂いた。 言われた方のアレルヤは、やはり少し哀しげな表情のまま薄く笑みを浮かべて。ティエリアは苛立たしげに彼の姿から視線を逸らした。そして離れていく無慈悲な足音。 「…………それでも、本当に好きなんだよ」 呟いた言葉は、誰にも届くことなく宙に消えた。 好意という感情とは、ほとほと縁が無かった。何かを好ましいと思う、何かを特別に思う。 知識として知ってはいるのと、実感し理解しているものとではまるで意味が異なってくる。 文字通り知識としてしか好意を知らないティエリアが、アレルヤの言った「好き」の意味を理解することは出来ない。けれどアレルヤの言葉を聞いたティエリアは、咄嗟にこう思っていた。 違う、と。 (……何が違っていたのかなんてわからない。知る術も無い。けれど確かにはっきりとそう思った) だからこそ思わず、普段よりも明らかに低い声が出た。意識してやったことではない。 ティエリアは自室に帰り着くと、暗闇の中で重力に従ってベッドに身を投げた。沈んだシーツの感触で、人間一人分の重さを知る。まとわりつくようにのし掛かる重力。 どさり。天井がやけにはっきりと見えた。 その理由が眼鏡の存在だと知ったティエリアは、おもむろにそれを外してサイドボードに置いた。暗闇に慣れた目が、ぼんやりと霞んでいく。 思考は既に明日の任務のことに変わっていた。 (明日は07:00にここを出て移動、現地に着き次第待機。ヴェーダの指示通りにガンダム二機ずつミッションを……) ティエリアが操縦するガンダムヴァーチェ。同行するのはキュリオスの予定だ。 そこで漸く、ティエリアは一連の出来事を思い出した。 キュリオスの操縦者、アレルヤに好きだと言われたこと。それは違う、と感じたこと。 「……馬鹿馬鹿しい」 真面目にそんなことを考えるのも愚かに思ったティエリアは、すぐに目を閉じて眠るために意識を集中し始めた。ゆっくり息を吸って、静かに息を吐く。 『ごめんね。君が好きなんだ、ティエリア』 好き。好意。嗜好。愛情。 知識としてだけ知っている感情を、ティエリアは実際には知らない。だから、理解出来ない。 けれどわかる。彼のあの言葉が、何か違うということを。 その理由、は。 『好きなんだ、ティエリア』 哀しげな左目が、憂いの色をより深くして瞬いていた。長い睫毛の下に隠された光、自らを嘲るように虚ろげな唇。 その全てがティエリアにそう思わせる。 彼の言葉は信じられない。 「……ふざけるな」 アレルヤに告げた言葉をもう一度繰り返すと、ティエリアは今度こそ深い息を吐いて意識を手放した。 少し上擦った声に大きな意味があることなど、全く気付かないままで。 「……やっぱり、嫌われてしまったみたいだね」 廊下に残されたアレルヤは、一人壁に背を預けてぼんやりと床を見下ろしていた。 冷たく堅いタイル。足下から冷えていくような、地上の冷気。 背後からも布越しにじんわりと寒さが滲んできている。それがこの星に降りていることを、実感させた。 美しい星。青く輝く、宇宙から見下ろした地上は例えようもないくらいに。 その地上を救うために、自分達は存在している。他の誰がどう考えていようとも、少なくともアレルヤはそう思っていた。この世から消えてはならないもの。失ってはならないもの。命や星や、様々に。 大仰かもしれない。けれど大儀がなくては、こんなことは出来ない。 その為に生きていく。そう、思っていた。 けれど。 『ふざけるな』 零下の瞳を持つ彼に、今は思考の全てを奪われそうになっていた。 ミッションのことを考え、失くしてはならないものの為に集中しなくてはいけない時なのに。 それでも脳裏から消えてはくれないひと。残酷な眼差しで、冷淡な声で。孤高に戦うティエリアから目が離せない。 いずれ全てを飲み込んでしまいそうなほど、少しずつ大きく育っていく感情。 自分自身と、ティエリアすら傷付けてしまいそうなほどの。 それが怖くて、だからアレルヤは口にした。口にして、嘲って罵ってさえ貰えれば、この気持ちは消えてくれるかもしれない。そう、思って。 けれど答えは。 「……うん。そうだね、わかってる」 胸に手を当てて、俯いた。前髪がはらりと音を立てて閉じていく。 世界と同じように。 (痛い。苦しい。……でもどこかで、ほっとしてる) 冷酷に切り捨てられてしまった言葉。それに痛む思いもあれば、安堵している箇所もある。 確実に脈打っている心臓。 どくどくと、掌の下で活動をしているそれが、嬉しいと、生を刻んでいる。 (……良かった。ちゃんと伝えられて) 酷く蔑み、罵られると思っていたアレルヤの言葉は、拒否することなくただ事実をはねつけられるだけに留まった。 受け入れられることはなくても。 たったそれだけの、絶望的なまでの希望に。歓喜している自分がいることをアレルヤも気付いていた。 そうしてまた、着実に思いが膨らんでいく。 放っておけない、目を逸らせない。好意と呼ぶにふさわしいのかもわからない、この気持ちが。 (困った、なあ) 目を開いて見えた世界は、暗闇の中でいつもより少し近付いて見えた。 パ ラ レ ル ラ イ ン |